「回転盤式音律早見表 Web版」で採用するピタゴラス音律と異名音の扱い
「回転盤式音律早見表 Web版」で採用するピタゴラス音律と異名音の扱い
要旨
「回転盤式音律早見表 Web版」(https://brontelandscape54.com/onritsu-wheel/)では、再生音の選択肢を「ピタゴラス音律」と「平均律」とする予定である。
ピタゴラス音律では、十二平均律で同じ音高として扱われるC♯とD♭、D♯とE♭、G♯とA♭などが、実際には異なる周波数になり得る。そのため、十二音だけを実装する場合には、純正五度の鎖からどの連続した十二音を採るかを決めなければならない。この選択は、採用する異名音、十二音の音列配置、ヴォルフ・インターバルの位置を同時に決める。
本ツールでは、A=430Hzを基準とし、次の五度鎖で表される十二音集合を採用する予定である。
$$
\mathrm{E\flat-B\flat-F-C-G-D-A-E-B-F\sharp-C\sharp-G\sharp}
$$
この選択の出発点は、KORGクロマチックチューナーOT-120のピタゴラス音律モードをbrontelandscape54が実機で確認したことである。ただし、OT-120の発振音をAndroidアプリgStringsで測った予備測定値は、鈴木治夫氏資料の計算値と完全には一致しない。そこで、音列配置の検討ではOT-120を実務上の出発点とし、アプリで再生する具体的な周波数値には、計算過程と候補値が示された鈴木治夫氏資料の表を主要な数値的根拠として用いることにした。
一方、押田良久『雅楽鑑賞』24頁には、上無536.89Hz、鳧鐘805.34Hzを含む別の十二音集合が示されている。したがって、本ツールの配列を、雅楽または声明における唯一の十二音配置とみなすことはできない。本稿では、確認できた事実、数式から導けること、brontelandscape54の実装判断、現時点で不明なことを明確に分けて記す。
1 本ツールがE♭―G♯型を採用する理由
1.1 判断の経緯
brontelandscape54がE♭―G♯型を採用するに至った経緯は、次のとおりである。
- 声明は雅楽と合わせて唱えられる場合があるため、声明実唱用の基準音を考える際に雅楽の調律を参照することは、実務上合理的だと考えた。
- 声明における十二音の音列配置をどのように定めるべきかについて、歴史資料、声明資料、演奏実践から一意の結論を確定できていない。
- 根拠が確定していない段階で、本ツールだけに固有の特殊な音列配置を採ると、市販の調律機器や他者の実践と照合しにくくなり、実務用ツールとして不都合だと考えた。
- そこで、ピタゴラス音律の基準音発振機能を備え、雅楽専門店でも笙の調律用として販売されているOT-120を実装検討の出発点とした。
- OT-120の発振音を予備測定したところ、鈴木資料や奥井氏の表に見られるE♭―G♯型の候補値と概ね近かった。
- ただし、予備測定値は精密な典拠にはできないため、実際の再生周波数には、計算式と候補値が明示された鈴木資料を用いることにした。
- 奥井氏の「現雅楽音高(理論値)」でも、同じ側の候補を組み合わせた周波数集合が示されていることを確認した。
1.2 この判断が意味しないこと
この選択は、次のことを意味しない。
- E♭―G♯型が雅楽または声明における唯一正しい配列であること
- 歴史的に常にこの配列が用いられたこと
- 鈴木氏資料がE♭―G♯型の十二音集合を選択したこと
- OT-120の設計が雅楽の歴史的調律慣行を直接反映していること
- 笙に断金の発音管がないことだけから、E♭側の採用が導けること
笙に断金の発音管がないことは重要な関連事実であるが、断金を五度鎖の末端に置く構成にはD♯側を採る方法とE♭側を採る方法の双方があり得る。したがって、この事実だけでは両者を選別できない。
1.3 現時点での結論
本ツールは、E♭―G♯型を、歴史的・理論的に唯一の配列ではなく、現在確認できる資料と実務上の再現可能性を踏まえてbrontelandscape54が暫定的に採用した配列として扱う。
新しい歴史資料、調律手順、楽器測定、演奏実践上の知見が得られた場合は、説明および実装を再検討する。
2 アプリへの反映方針
2.1 音律の名称
音律選択は、次の二項目とする。
- ピタゴラス音律
- 平均律
従来の「笙調律の音高の計算よりの調律」という名称は、数値資料の由来を示す一方、音律の数理的性格を直感的に示しにくいため、「ピタゴラス音律」へ変更する。
2.2 ピタゴラス音律選択時の音名
実際に採用する音高に対応した音名のみを表示する。
A, B♭, B(H), C, C♯, D, E♭, E, F, F♯, G, G♯
A♯/B♭、D♯/E♭、G♯/A♭のような併記は、ピタゴラス音律では異なる音高を同一視する印象を与えるため行わない。
2.3 平均律選択時の音名
十二平均律では異名音が同じ周波数となるため、次のような併記を行う。
A♯/B♭, C♯/D♭, D♯/E♭, F♯/G♭, G♯/A♭
2.4 アプリ内の短い説明案
本ツールのピタゴラス音律は、純正五度に基づく十二音配列の一例です。ピタゴラス音律では、平均律で同一音高となる異名音が異なる周波数を持ちます。本ツールでは、声明と雅楽の合奏を想定した実用性、市販の調律機器との照合可能性、既存の雅楽音高資料を考慮して、一つの配列を暫定的に採用しています。音列配置の検討ではKORG OT-120を出発点とし、再生周波数には計算方法が示された鈴木治夫氏の表を主な数値的根拠としました。詳しくは「『回転盤式音律早見表 Web版』で採用するピタゴラス音律と異名音の扱い」をご覧ください。
公開記事のURLが確定した後、この説明から記事へリンクする。
3 問題の所在
3.1 なぜ十二音の選択が必要なのか
平均律では、C♯とD♭のような異なる音名が同じ周波数に調整される。しかし、周波数比3対2の純正五度を積み重ねるピタゴラス音律では、C♯とD♭などは異なる経路から導かれ、ピタゴラス・コンマだけ異なる音高になり得る。
したがって、「ピタゴラス音律の十二音」を一つのアプリに実装する作業は、無限に延長できる五度鎖から、どの連続した十二音を切り取るかを決める作業でもある。切り取る範囲を変えれば、次の三点が変わる。
- 採用される異名音
- 十二音の周波数集合
- 五度鎖を円環として閉じたときに生じるヴォルフ・インターバルの位置
3.2 本稿で用いる「異名音」
一般には、C♯とD♭のように同じ音高を異なる音名で表す関係を「異名同音」という。しかし、ピタゴラス音律では、これらが実際には同音でない場合がある。
そこで本稿では、次の便宜的な表現を用いる。
- 初出:平均律では異名同音として扱われるが、ピタゴラス音律では異なる音高となる異名音
- 以後:異名音、異名表記、異名音の選択
これは本稿内の説明を明確にするための用語法であり、「異名音」が確立した専門用語であると主張するものではない。
3.3 本稿の記述区分
後から判断経緯を検証できるよう、本稿では情報を次の四種類に分ける。
- 数理的帰結:式から直接導ける事項
- 資料で確認した事項:刊行物、Web記事、製品公式情報に記載された事項
- 予備測定:brontelandscape54が機器を実測して得た未公刊データ
- 運営者判断:資料と実務上の必要を踏まえて本ツールが採用した方針
4 ピタゴラス音律の数理
4.1 純正五度と純正四度
ピタゴラス音律では、純正五度を周波数比
$$
\frac{3}{2}
$$
として導く。得られた音が対象の一オクターブを超える場合は2で割り、一オクターブ内へ移す。
反対方向へ五度鎖をたどる操作は、周波数を
$$
\frac{2}{3}
$$
倍し、必要に応じて2倍して一オクターブ内へ戻すことに相当する。一オクターブ内では、これは純正四度
$$
\frac{4}{3}
$$
を得る操作となる。
三分損益法や順八・逆六による音の導出は、これらの周波数比と対応する。ただし、本稿は各概念の歴史的起源や運用が完全に同一であると主張するものではなく、数理的対応を扱う。
4.2 ピタゴラス・コンマ
純正五度を12回積み重ねた比は、
$$
\left(\frac{3}{2}\right)^{12}
$$
である。これに対して、七オクターブは
$$
2^7
$$
である。両者の比は、
$$
\frac{(3/2)^{12}}{2^7} =\frac{3^{12}}{2^{19}} =\frac{531441}{524288} \approx 1.0136432648
$$
となり、一致しない。この差がピタゴラス・コンマである。セント値では、
$$
1200\log_2\left(\frac{531441}{524288}\right) \approx 23.4600\ \mathrm{cent}
$$
となる。
4.3 ヴォルフ・インターバル
純正五度の鎖から十二音を選び、十一組を純正五度に保ったまま一オクターブ内で円環を閉じると、残る一組は
$$
\frac{2^7}{(3/2)^{11}} =\frac{2^{18}}{3^{11}}
$$
となり、約678.495セントの狭い五度相当の音程になる。本稿では、これをヴォルフ・インターバル(wolf interval, ウルフインターバル、ウルフの五度)と呼ぶ。
なお、本稿の採用音名では五度鎖の両端をG♯とE♭と表記するため、楽譜上の綴りだけを見ればG♯―E♭は減六度である。ここでいう「狭い五度相当」とは、G♯から次のオクターブのE♭までを周波数比で比較した約678.495セントの閉鎖音程を指す。以下では、誤解を避けるため「G♯―E♭間の五度鎖の閉鎖音程」と表現する。
4.4 異名音間の差
C♯とD♭、D♯とE♭、G♯とA♭などを五度鎖の異なる側から導くと、その周波数比には原則としてピタゴラス・コンマ
$$
\frac{531441}{524288}
$$
に相当する差が生じる。
したがって、ピタゴラス音律における異名表記は、単なる文字上の選択ではなく、どの生成経路の音高を採用したかを示す意味を持つ。
5 本ツールで採用する十二音
5.1 採用する五度鎖
本ツールでは、次の連続五度鎖を採用する予定である。
$$
\mathrm{E\flat-B\flat-F-C-G-D-A-E-B-F\sharp-C\sharp-G\sharp}
$$
この十一の隣接関係は、オクターブを適宜移して比較すると3対2の純正五度になる。十二音を円環として閉じると、G♯から次のオクターブのE♭へ至る閉鎖音程が約678.495セントとなる。
5.2 A=430Hzの場合の比率と周波数
以下の「理論比」は、Aを1とした場合のピタゴラス音律上の比率である。「本ツール採用予定値」は、鈴木治夫氏の表に示された候補値を基礎として、現行アプリで用いている小数値を記したものである。理論比から再計算した無限小数と、刊行物・アプリで表示する小数桁は区別する必要がある。
| 十二律 | 本ツールでの西洋音名 | Aに対する理論比 | A=430Hzでの理論値(Hz) | 本ツール採用予定値(Hz) |
|---|---|---|---|---|
| 黄鐘 | A | 1 | 430.000000 | 430 |
| 鸞鏡 | B♭ | 256/243 | 453.004115 | 453.004 |
| 盤渉 | B(H) | 9/8 | 483.750000 | 483.75 |
| 神仙 | C | 32/27 | 509.629630 | 509.62 |
| 上無 | C♯ | 81/64 | 544.218750 | 544.21 |
| 壱越 | D | 4/3 | 573.333333 | 573.33 |
| 断金 | E♭ | 1024/729 | 604.005487 | 604.0054 |
| 平調 | E | 3/2 | 645.000000 | 645 |
| 勝絶 | F | 128/81 | 679.506173 | 679.506 |
| 下無 | F♯ | 27/16 | 725.625000 | 725.625 |
| 双調 | G | 16/9 | 764.444444 | 764.44 |
| 鳧鐘 | G♯ | 243/128 | 816.328125 | 816.328125 |
本ツールの周波数値は、OT-120の発振音をそのまま数値化したものではない。OT-120は音列配置を検討する出発点であり、具体的な再生値には、計算方法と候補値が示された鈴木治夫氏の資料を主要な数値的根拠としている。
5.3 604Hz付近の断金をE♭と表記する理由
奥井凛氏の表では、断金604.0Hzは、A=430Hzに設定した十二平均律クロマチックチューナー上で「D♯、−12セント」と表示されている。[3]
これは、十二平均律ではD♯とE♭が同じ基準周波数となり、チューナーがシャープ系の音名を表示しているためである。同表のD♯表示だけから、ピタゴラス音律上のD♯側候補を採用したと判断することはできない。
本稿では、604.005Hz付近の音を、B♭側から純正四度で導かれる生成関係
$$
\mathrm{B\flat}\times\frac{4}{3}=\mathrm{E\flat}
$$
に基づき、E♭側の音高として表記する。一方、G♯側から純正五度で導くD♯側の候補は約612.246Hzであり、別の音高である。[1, pp.49–50]
補足動画1 ピタゴラス音律の基礎
純正五度による音の生成、オクターブ内への移動、E♭とD♯の生成経路および音高の違い、ピタゴラス・コンマ、五度鎖の閉鎖音程の関係について、次の動画で図解した。
【音律解説 01】ピタゴラス音律の基礎|五度生成・D♯とE♭・ウルフの五度
6 資料と測定記録の位置づけ
6.1 鈴木治夫氏の表――数値計算の主要な根拠
鈴木治夫氏の小冊子(以下「鈴木資料」)49頁には、「笙調律の音高の計算」として、断金について
$$
\mathrm{A\sharp}\times\frac{4}{3}=604.0054856
$$
と
$$
\mathrm{G\sharp}\times\frac{3}{2}=612.2460936
$$
の双方が掲載されている。また、鳧鐘についても、
$$
\mathrm{E\flat}\times\frac{4}{3}=805.3333
$$
と
$$
\mathrm{C\sharp}\times\frac{3}{2}=816.328125
$$
の双方が示されている。原文の805.3333には循環小数を表す省略記号はなく、50頁の比較表「笙調律の音高の計算よりの数字」では805.33と表示されている。[1, pp.49–50]
この表は、D♯/E♭側およびG♯/A♭側の複数候補を計算しており、十二音集合として一方を選択してはいない。したがって、E♭―G♯型という音列配置の選択を鈴木氏資料に帰属させることはできない。
一方、採用候補それぞれの計算式と小数値が明示されているため、本ツールで再生する具体的な周波数値については、鈴木資料を主要な数値的根拠とする。
書誌情報についての留保
鈴木資料の書誌情報は、発行年を2005年、発行元を日本雅楽会として扱ってきたが、その根拠となるのは奥付である。 一方、武蔵野楽器の商品ページは、同題の小冊子について、1998年に発行され、いったん廃盤となった後に再販されたと説明する。また、同ページは、A5判・52頁、著者および発行者を鈴木治夫と記載している。[8]
6.2 KORG OT-120――音列配置検討の出発点
KORGの公式製品情報によれば、OT-120は古典音律を扱うマルチ・テンペラメント機能を備え、C2(65.41Hz)からC7(2093Hz)まで基準音を発振できる。また、A4を349Hzから499Hzまで1Hz単位で設定できる。[4]
武蔵野楽器の商品ページでは、OT-120はピタゴラス調律に対応し、笙の調律に使用できる機器として紹介されている。同ページの仕様には、音律として十二平均律、ピタゴラス、各種古典音律が掲載され、基準音の発振精度は±1.5セントと記載されている。[5]
brontelandscape54は、声明が雅楽と合奏される場合を考慮し、市販され、武蔵野楽器で雅楽器の調律用として取り扱われている機器を参照することが、実務用ツールの出発点として妥当だと考えた。そこで、OT-120のピタゴラス音律モードを最初の参照対象とした。
ただし、KORGがOT-120のピタゴラス音律モードで、どのような理由で特定の音列配置または音名表記を採用したのかを説明する公式資料は、現時点で確認できていない。
6.3 brontelandscape54によるOT-120の予備測定
brontelandscape54は、OT-120をピタゴラス音律モードに設定して基準音を発振させ、AndroidアプリgStringsのチューナー機能を用いて周波数を測定した。[6]
測定条件
| 項目 | 記録 |
|---|---|
| 測定日時 | 2026年7月10日午前1時頃 |
| 測定場所 | 三重県内の室内 |
| 室温 | 22℃ |
| 測定端末 | Xiaomi 11T |
| 測定アプリ | gStrings 3.0.1 |
| OT-120の設定 | ピタゴラス音律モード、A=430Hz |
| 測定距離 | OT-120と端末を密着させて測定 |
| 測定回数 | 1回 |
測定結果
| OT-120の発振音 | gStringsでの表示(Hz) | 本ツール採用予定値(Hz) | 差(Hz) | 概算差(cent) |
|---|---|---|---|---|
| A4 | 430.0 | 430 | 0.000 | 0.0 |
| B♭4 | 453.0 | 453.004 | −0.004 | 0.0 |
| B4 | 483.8 | 483.75 | +0.050 | +0.2 |
| C5 | 509.7 | 509.62 | +0.080 | +0.3 |
| C♯5 | 544.3 | 544.21 | +0.090 | +0.3 |
| D5 | 573.3 | 573.33 | −0.030 | −0.1 |
| E♭5 | 603.9 | 604.0054 | −0.105 | −0.3 |
| E5 | 645.1 | 645 | +0.100 | +0.3 |
| F5 | 679.5 | 679.506 | −0.006 | 0.0 |
| F♯5 | 725.8 | 725.625 | +0.175 | +0.4 |
| G5 | 764.5 | 764.44 | +0.060 | +0.1 |
| G♯5 | 816.6 | 816.328125 | +0.272 | +0.6 |
概算差(cent)は、gStringsに表示された少数第一位の周波数と本ツール採用予定値との比から計算し、小数第一位に丸めたものである。gStringsの元表示より高い測定精度を意味するものではない。
すべての表示差は約0.6セント以内に収まっているが、この一回の予備測定だけでOT-120の内部設定値や精度を確定することはできない。武蔵野楽器の商品ページに記載されたサウンド精度±1.5セントの範囲内にあることとは整合するものの、これは校正された測定系による製品試験ではない。[5]
この予備測定には、さらに次の限界がある。
- gStringsの表示は少数第一位までであり、丸めが含まれる可能性がある。
- Xiaomi 11Tの内蔵マイク、周囲音、端末とOT-120の密着状態、音量、発振波形などの影響を受け得る。
- 密着測定では、スピーカーとマイクの位置関係や振動の伝わり方が、非接触測定とは異なる可能性がある。
- 測定回数は1回であり、再現性、日内変動、個体差を評価していない。
したがって、この予備測定はOT-120内部の正確な設定周波数を確定するものではなく、アプリの精密な再生値の典拠としては用いない。音列配置が鈴木資料や奥井氏の表で採られた側の候補と概ね近いことを確認するための補助記録と位置づける。
6.4 奥井凛氏の表――「現雅楽音高(理論値)」との照合
奥井凛氏は、笙の調律手順と文献を基に計算した「現雅楽音高(理論値)」の表を掲載している。表には、断金302.0Hz、その一オクターブ上604.0Hz、鳧鐘408.2Hz、その一オクターブ上816.3Hzが示される。[3]
また、右欄は「A=430に設定した12平均律クロマチックチューナーでの表示(セント)」であり、断金604.0HzをD♯・−12セント、鳧鐘816.3HzをG♯・+10セントと表示している。[3]
奥井氏の記事本文は、現行の雅楽十二律について、断金―鳧鐘の関係が23.5セント縮められた純正でない音程になると説明し、表の「現雅楽音高(理論値)」は鈴木資料50頁の「笙調律の音高の計算よりの数字」と一致すると述べる。[3]
本稿では、奥井氏の表を、低い断金604.0Hz側と高い鳧鐘816.3Hz側を組み合わせた音高集合が「現雅楽音高(理論値)」として提示されていることを確認する資料と位置づける。ただし、その音高集合が歴史的・実践的に選ばれた理由まで同記事から確定できるわけではない。
6.5 押田良久『雅楽鑑賞』24頁――別の十二音集合
押田良久『雅楽鑑賞』24頁には、壱越を起点とし、順八逆六によって十二律を算出した表として理解できる次の数値が掲載されている。[2, p.24]
| 十二律 | 周波数(Hz) |
|---|---|
| 黄鐘 | 430 |
| 鸞鏡 | 453 |
| 盤渉 | 483.75 |
| 神仙 | 509.62 |
| 上無 | 536.89 |
| 壱越 | 573.33 |
| 断金 | 604 |
| 平調 | 645 |
| 勝絶 | 679.50 |
| 下無 | 725.63 |
| 双調 | 764.44 |
| 鳧鐘 | 805.34 |
「壱越を起点とし、順八逆六によって十二律を算出した表」という表現は、表の内容に対するbrontelandscape54の要約であり、原表題の引用ではない。
この集合を五度鎖として表すと、
$$
\mathrm{D\flat-A\flat-E\flat-B\flat-F-C-G-D-A-E-B-F\sharp}
$$
となる。十一の隣接関係を純正五度に保つと、F♯から次のオクターブのD♭へ至る閉鎖音程が約678.495セントとなる。
これは、本ツールが予定するE♭―G♯型とは異なる。特に、上無が536.89Hz(D♭側)、鳧鐘が805.34Hz(A♭側)である点は、音列配置の選択が一意でないことを示す重要な資料である。
補足動画2 十二音集合と閉鎖位置の変化
以上のE♭―G♯型とD♭―F♯型の違いは、五度鎖から切り取る連続十二音の範囲が異なることによって生じる。採用する十二音集合を移した場合に、異名音、大半音と小半音の配置、およびヴォルフ・インターバルの音名上の位置がどのように変化するかを、次の動画で比較した。
【音律解説 02】ピタゴラス音律の配置変化|12音窓・大小半音・ウルフ位置
7 未解明事項と今後の課題
- OT-120のピタゴラス音律モードにおける正確な内部設定周波数、発振精度、各音の許容誤差
- KORGがOT-120で当該音列配置と音名表記を採用した設計上の理由
- gStringsによる予備測定に含まれる丸め、端末差、環境差、再現性
- 奥井氏が示す「現雅楽音高(理論値)」の音高集合が、歴史的・実践的に選択された経緯
- 鈴木資料に併記された候補音高から、特定の十二音集合を選ぶ慣行が存在するか、その由来
- 鈴木資料の正式な版、発行年、発行者、および1998年版と再販版との関係
- 『雅楽鑑賞』24頁のD♭―F♯型と、奥井氏の表に見られるE♭―G♯型との関係
- 笙、篳篥、龍笛の調律・奏法における異名音の実際の扱い
- 曲目、調子、旋法によって音高選択が変動する可能性
- 「現雅楽音高」「現行の雅楽十二律」という表現が指す実践、時代、団体の範囲
- 声明の十二音配置に、歴史的、宗派的、地域的差異があるか
- 雅楽と声明を合わせる現場で、理論値と奏法による音高変動をどのように調整しているか
- 本ツールで、刊行物の表示小数を維持するか、理論比から再計算した値へ統一するか
8 結論
本ツールで予定するピタゴラス音律は、A=430Hzを基準とし、E♭からG♯までの連続五度鎖を採る十二音配列である。これは、ピタゴラス音律から唯一必然的に定まる配列ではない。
音列配置の検討では、市販され雅楽器の調律にも用いられるOT-120を実務上の出発点とした。brontelandscape54による予備測定では、その発振音は鈴木資料や奥井氏の表に見られる候補値と概ね近かった。ただし、測定の精度には限界があるため、アプリの具体的な再生周波数には、計算式と候補値が示された鈴木資料を主要な数値的根拠として用いる。
『雅楽鑑賞』24頁には別の十二音集合が示されるため、本ツールは自らの選択を唯一の正解とは位置づけない。採用理由、典拠、測定上の留保、未解明事項を公開し、将来の資料追加や知見の更新に応じて修正可能な設計とする。
9 参考文献・資料
本文中の角括弧数字は、以下の資料番号を示す。Web資料の最終閲覧日は、公開前に再確認する。
- 鈴木治夫『雅楽 430サイクルの決定とその背景 押田良久(日本雅楽会 初代会長)の雅楽への情熱』、参照箇所49–50頁。 発行年、発行者、版、表紙・標題紙・奥付上の正式表記は、公開前に手元資料で最終確認する。
- 押田良久『雅楽鑑賞』文憲堂、1981年、24頁。
- 奥井凛「雅楽~音程(2)~十二律は2種の純正な音程でできている」note、2020年5月11日(最終閲覧2026年7月10日)。
- KORG「OT-120 – ORCHESTRAL TUNER」公式製品情報(最終閲覧2026年7月10日)。
- 武蔵野楽器「調律器(チューナー)調律用」(最終閲覧2026年7月10日)。
- brontelandscape54「KORG OT-120ピタゴラス音律モード発振音の予備測定記録」未公刊測定記録、2026年7月10日午前1時頃。Xiaomi 11T、gStrings 3.0.1を使用。三重県内の室内、室温22℃、OT-120と端末を密着、測定回数1回。
- 「回転盤式音律早見表 Web版」開発時の計算・判断記録、GitHubリポジトリ
brontelandscape54-ops/onritsu-wheel。 - 武蔵野楽器「雅楽 430サイクルの決定とその背景 押田良久(日本雅楽会 初代会長)の雅楽への情熱」(最終閲覧2026年7月10日)。同ページは、1998年発行後に廃盤となった小冊子の再販であること、A5判・52頁、著者・発行者を鈴木治夫と記載する。
- brontelandscape54「【音律解説 01】ピタゴラス音律の基礎|五度生成・D♯とE♭・ウルフの五度」YouTube、2026年7月20日。
- brontelandscape54「【音律解説 02】ピタゴラス音律の配置変化|12音窓・大小半音・ウルフ位置」YouTube、2026年7月20日。
資料の性格に関する注意
- [1]・[2]は刊行物であり、頁を指定して参照する。[1]の正式書誌は未確定である。
- [3]は執筆者自身によるWeb解説と計算表であり、査読論文ではない。表の内容と執筆者の解釈を確認する資料として用いる。
- [4]はメーカー公式情報、[5]は雅楽専門店の商品説明である。製品機能と販売上の位置づけを確認する資料として用いる。
- [6]はbrontelandscape54による一回の予備測定であり、校正済み測定器による正式な性能試験ではない。
- [8]は販売店の商品情報であり、版・発行年・奥付を確定する最終的な書誌資料ではない。鈴木資料の来歴を考えるための補助情報として用いる。
- [9]・[10]は、本稿の数理的・実装上の説明を視覚的に補うために制作した解説動画である。
10 判断記録
| 日付 | 判断・確認内容 | 状態 |
|---|---|---|
| 2026-07-09 | アプリの音律名を「ピタゴラス音律」と「平均律」へ整理する方針を立てた | 方針案 |
| 2026-07-09 | ピタゴラス音律選択時は採用音高に対応する単独音名、平均律選択時は異名を併記する方針を立てた | 方針案 |
| 2026-07-09 | 鈴木資料は候補値を併記しており、音列配置自体を選択していないことを確認した | 確認済み |
| 2026-07-09 | 『雅楽鑑賞』24頁に、上無536.89Hz・鳧鐘805.34Hzを含む別配列があることを確認した | 確認済み |
| 2026-07-10 午前1時頃 | OT-120ピタゴラス音律モードの発振音を、Xiaomi 11T・gStrings 3.0.1で予備測定した | 予備測定 |
| 2026-07-10 | 音列配置検討の出発点をOT-120、再生周波数の主要な数値的根拠を鈴木資料とする整理を採った | 暫定判断 |
| 2026-07-10 | 武蔵野楽器の商品ページで、鈴木資料が1998年発行後に廃盤となり再販されたとの説明を確認した | 補助情報確認 |
| 2026-07-10 | 鈴木資料の発行年・発行者・版に未確定点があるため、参考文献を暫定書誌へ修正した | 草稿更新 |
| 2026-07-10 | 公開名をすべてbrontelandscape54へ統一し、記事構成、引用、判断記録、未解明事項を全面的に校閲した | 草稿更新 |
| 2026-07-20 | ピタゴラス音律の基礎編と配置変化編の解説動画をYouTubeで公開し、記事内の対応箇所へ追加した | 草稿更新 |
| 2026-07-20 | 公開記事タイトルを「『回転盤式音律早見表 Web版』で採用するピタゴラス音律と異名音の扱い」とする方針を反映した | 草稿更新 |
11 公開前チェックリスト
書誌・引用
- 鈴木資料の表紙、標題紙、奥付を確認し、正式書名、副題、著者名、発行者、発行年月日、版を確定する
- 開発初期に記録した「2005年・日本雅楽会」と、武蔵野楽器が記載する「1998年発行・著者/発行:鈴木治夫」との関係を確認する
- 鈴木資料49・50頁の表題、列見出し、数値、有効桁を原本で再確認する
- 『雅楽鑑賞』24頁前後の本文を確認し、表の算出方法と本文の関係を記述する
- 奥井氏の表で、断金604.0Hz、鳧鐘816.3Hz、チューナー表示D♯・G♯を確認した
- KORG公式ページで、古典音律機能、基準音発振範囲、キャリブレーション範囲を確認した
- 武蔵野楽器ページで、ピタゴラス調律、笙の調律への使用、発振精度の説明を確認した
- 武蔵野楽器の鈴木資料商品ページで、1998年発行後の再販、判型、頁数、著者・発行者の表示を確認した
測定
- OT-120ピタゴラス音律モードについて、gStringsに表示された十二音の予備測定値を記録した
- 測定日時、Android端末、gStringsのバージョン、測定距離、環境、室温、測定回数を記録した
- 再測定し、表示値の変動幅と再現性を確認する
- 可能であれば、校正済み機器または音声ファイルの周波数解析で再検証する
数理・文章
- 採用比率と周波数を再計算し、理論比・理論値・採用予定値を表にした
- 予備測定値と採用予定値の差をHzおよび概算セントで確認した
- ピタゴラス・コンマと閉鎖音程の式を本文に明示した
- G♯―E♭を楽譜上の「五度」と誤読させないよう、閉鎖音程の説明を加えた
- 事実、数理的帰結、予備測定、運営者判断、未解明事項を区別した
- 公開名をbrontelandscape54へ統一した
- 解説動画2本を公開し、記事内の対応箇所へURLと説明を追加した
- 公開記事タイトル案を本文H1へ反映した
- brontelandscape54が全文を確認し、公開を承認する